大和村にある群倉(ぼれぐら)
大和浜の群倉〒894-3105 鹿児島県大島郡大和村大和浜84郷土資料事典ふるさとの文化遺産-46鹿児島県(ゼンリン)に「思勝湾に面した大和浜集落にある高倉(たかくら)の群落です。
高倉とは奄美地方独特の高床式の貯蔵庫のことです。
太い四本の丸柱の上に、茅葺き屋根を乗せ、その屋根裏を穀物などの貯蔵庫とし、軒下の空間は作業場兼物置きとして利用します。
釘一本も使っていないことも特徴で、通気性にすぐれ、ネズミやハブの害を防ぐように設計されています。
以前は各地にあったものの、現在は激減しており、建築学上・民俗学上貴重な資料として、こちらにに五棟が保存されている」という説明を読んで、奄美大島観光で楽しみにしていた場所のの一つです。
2023年11月27日訪問することができました。
日本の建築史上珍しい高倉が集まって、保存状態もよく維持されています。
これは大変なことだと思いますが長く続いてほしいと思います。
私は、観光案内の英文をチェックしてみるのも好きなのですが、今回、奄美歴史浪漫探訪の方の英文に「Yamoto Village」という明らかな誤植を見つけてしまいました。
●高倉について高倉は主に穀類を貯蔵するための倉庫です。
1.この高倉の特徴は奄美独特の建築物で建築史上の変わり種と言われ(1)金釘を一本も使用してない。
(2)2柱はかんなで削り上げているので足掛りがなく[ねずみ」が登れない。
(3)風通しがよいので[貯蔵物]の保ちがよい。
(4)大風のときは揺れるけれども倒れ難い。
(5)火災のときは下部の貫木をはずすと容易に倒すことができる。
2.高倉の建築様式は明らかにされていないが[南島雑話伝説]や[おもろ双紙]にも記されているくらいだから、相当古くからあったようで一説によれば神話時代の稲倉と同型式とも言われている。
また室町時代南方と交流の盛んな頃に南洋から琉球を経て伝わったとも言われています。
八丈島にも奄美とよくにた高倉が現存しているとのことであるから黒潮文化圏として南洋から伝来したものと思われます。
3.この高倉の集まりを通称[群倉]と呼び、それは(1)人家から離れて火事の災害から逃れ(2)耕地近くで作業場としての使用と、(3)収穫物の運搬収納に近い場所として農家の生活の知恵から生まれたものと言われ現在では奄美群島で昔のままの姿で残されているのが、この大和浜の群倉であります。
大和村奄美歴史浪漫探訪大和浜の群倉(ぼれぐら)【ルート4-③】Amami Historically Significant Exploration RoutesBoregura of Yamatohama [Route 4-③]奄美には穀物などを貯蔵する独特の木造建築物である高倉があります。
この高倉が1ヶ所に数棟建てられていることを群倉(ぼれぐら)(方言ではブリィグラ)といいます。
高倉の用途は、脱穀した籾の保管、翌年に使う種籾(たねもみ)の保管です。
また、最大の特徴はネズミ害、湿気、太陽熱から守るため高床式であることです。
かつては各集落にもたくさんありましたが、昭和40年代から始まった米の減反政策をきっかけに、必要性がなくなり減少していきました。
奄美の高倉の歴史は諸説ありますが、弥生時代の登呂遺跡(静岡県)の高倉や、奈良時代 (708~781年) の正倉院倉庫と構造が似ていることから、同時期から伝わる建造物ではないかといわれています。
また東南アジア各地にも高倉と似た高床式倉庫があることから海上貿易が盛んであった琉球王国を経て奄美に伝わったという説もあります。
平成16(2004)年に鹿児島県の建造物文化財の指定を受けた大和浜の群倉ですが、戦後の道路改良や河川改良に伴い解体や移転を経て現在の姿になりました。
大和村では先人が残した歴史的建造物を後世に継承するために、定期的に屋根の葺き替えを行っています。
『琉球嶌真景(とうしんけい)第2景』/名護博物館所蔵昭和32(1957)年頃の群倉/写真撮影 桝谷正置昭和50(1975)年頃の群倉/写真撮影 大和村役場Elevated wooden warehouses for storing cereals are a unique construction to Amami.Several elevated warehouses concentrated on one location are called Boregura (Burigura in the local dialect). These warehouses have been used to store unhulled rice after threshing, and rice seeds to be used for planting in the following year.The most salient feature of these warehouses is that they are highly elevated in order to protect grains from rat damage, humidity and solar heat. Such warehouses had once been widely used in every district in the past. However, due to the Policy of the Reduction of Rice Acreage which started around 1965, the number of warehouses began to decrease in number.There are various theories regarding the history of elevated warehouses on Amami. Its structural similarity to those warehouses of Toro Site (Shizuoka prefecture) of the Yayoi period and that of the Shosoin Repository implies that Amami's warehouses have also been here from those periods. Another story says that these were introduced from East Asian countries to Amami by way of the Ryukyu Kingdom, which was then actively conducting seaborne trade with those countries where similar elevated warehouses existed.During the postwar period, some warehouses were dismantled, and some were moved in accordance with the road improvement practice. The Boregura of Yamatohama were designated as Tangible Cultural Properties (structures) by Kagoshima prefecture in 2004. Yamoto Village has regularly been rethatching the roof in order to pass on their inheritance of the historical structures which had in turn been passed down by their predecessors.【機械翻訳】穀物を貯蔵する木造の高架倉庫は、奄美独特の建築物である。
一か所に集中して建てられた高床式の倉庫は、方言で「ぼれ蔵」と呼ばれる。
これらの倉庫は、脱穀後の籾や翌年の田植えに使う種籾を保管するために使われてきた。
これらの倉庫の最大の特徴は、ネズミの被害や湿気、太陽熱から穀物を守るために、高い場所に設置されていることである。
このような倉庫は、かつてはどの地区でも広く使われていた。
しかし、1965年頃から始まった減反政策により、倉庫の数は減少していった。
奄美の高架倉庫の歴史については諸説ある。
弥生時代の登呂遺跡(静岡県)や正倉院の倉庫と構造が似ていることから、奄美の倉庫もそれらの時代からあったという説。
また、同じような高床式倉庫がある国との海上貿易を盛んに行っていた琉球王国を経由して、東アジア諸国から奄美に伝わったという説もある。
戦後、一部の蔵は解体され、一部は道路整備に伴って移築された。
大和浜のぼれ蔵は、2004年に鹿児島県の有形文化財(建造物)に指定された。
YAMOTO村では、先人たちが受け継いできた歴史的建造物を継承するため、定期的に葺き替えを行っている。
こちらがほんもの?でしょうが、同じつくりは奄美パークでも見られます。
大和村にある群倉(ぼれぐら)
大和浜の群倉(ぼれぐら)は有名。
奄美大島をめぐると割と至る所に群倉を見ることができるが、5棟がまとまっているのはここだけ。
湿気の多い奄美大島で穀物を保管するため高倉形式になっていて、ネズミなどからも守れる形式となっている。
じっくり見学すると色々と昔の人の知恵が忍ばれる。
奄美の伝統建築様式『高倉』高倉を集落の外れに密集して建てるのを『群倉ぼれぐら』と言うそうです。
その群倉を当時のまま保存しているのが大和村のこの施設です。
ほかにも島内、奄美博物館などにも残っています。
弥生時代の高床式倉庫、奈良の正倉院などと同じような構造です。
カンナがけして滑りやすくネズミの登りにくい柱。
風通しの良い構造など…集落の外れに建てたのは火災の際に巻き込まれない。
田畑に近いことでの能率UPだとか。
今では現代建材、瓦葺のモノをたまに島内で見かけます。
大和中学校の近くで大きな道沿いですぐ気づくでしょう。
もうこの倉は他の場所ではほぼ見ない。
通沿いにあり、見学しやすいです。
その土地に根付く知恵がここにある。
通りすがりに!
名前 |
群倉 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
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道路沿いに突然現れます😂