確りとお猿さんが御陵を守ってくれてます。
高倉天皇 後清閑寺陵 / / .
ふたつの陵が前後にあります。
遥拝所からは(高倉天皇陵の)門しか見えません。
高倉天皇は、後白河法皇と平滋子(建春門院)の皇子で、平清盛の娘徳子が中宮でした。
お若くして21歳で崩御されました。
最愛の人、小督の局の傍に葬ってほしいという高倉天皇御自身の御遺言により、彼女のいた清閑寺の横に御陵があります。
一方、六条天皇は、後白河法皇の孫にあたる皇子ですが、史上最年少の2歳で即位。
4歳で譲位し、ひとりも后妃のないまま、数え13歳で赤痢で亡くなられたと伝わります。
高倉天皇の御陵です花山天文台方面へ行く道から見えますが、駐車場は無いので近くに駐車場を見つけて行くことになります子安塔からも行けるので、それ(清水寺)込みで行くのもいいかもしれませんなお、近くに六条天皇陵もあるようですが、そちらは更に上にあるようで見える感じではありませんでした。
中に入れないので、入り口で。
道路から来なくても、清水寺方面から近道がある。
美しい場所ですが、非常に混雑しています。
(原文)Beautiful place, but very crowded.
静かな寺院です 境内には要石があり昔はここが京都「要」? 扇の「要」意味?どっちなのかと… 清水寺までも歩いて行けます。
確りとお猿さんが御陵を守ってくれてます。
近づいて来ても悪さはしませんでした!
宮内庁が管理しており、中に入ることはできません。
第80代(生没 1161年~1181年 21歳 在位 13年間)。
後白河天皇の第7皇子。
名前 |
高倉天皇 後清閑寺陵 |
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ジャンル |
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電話番号 |
075-541-2331 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.7 |
清閑寺のすぐそばに築かれています。
平清盛の怒りにふれて出家を強要された小督局(こごうのつぼね)のそばで眠りたい、と僅か21歳で崩御された高倉天皇の陵は、小督局が尼僧となった清閑寺に築かれた、というのが平家物語で語られるそうです。