名前 |
鳴神城跡 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
関連サイト |
http://kisyujt.com//html/castle/wakayama/inami/narukami.html |
評価 |
4.0 |
この城は便宜上鳴神城または名杭城、明神城とも呼ばれるが文献に登場しないため、築城者及び築城年代等については不明である。
南側を通る長尾峠に向けて階段状に曲輪を配置し、横堀状の堀切や竪堀を配置しているが、北側には全くないことから、長尾峠の封鎖及び通行人監視を目的で築かれたと思われる。
なお北西約300mにある榎城(印南町)とは尾根伝いで繫がっているが、堀切3条により区分されており、築城年代及び築城主体が異なっていたと思われる。
鳴神城は、みなべ町西岩代と印南町名杭との境界にある標高224mの城山にある。
城跡までは国道42号線から西岩代川を上流に進み、阪和高速道路下のトンネルを抜け、尾根道を登ると長尾峠に到達し、そこから北方約300m登ると主曲輪である。
主曲輪は東西30m、南北25mの規模で、切岸に石垣跡が残されている。
主曲輪南側に二ノ曲輪を配置し、二ノ曲輪西側に虎口と石積があり、南側下方には、幅8mほどの大空堀が掘られ、空堀底面は土橋状の障壁や階段状の段差により横移動を妨げる工夫がなされている。
更に南側に三ノ曲輪があり、長尾峠に繋がる尾根を遮断するために幅5mほどの堀切と、その掘削土を尾根向けに土盛りし、堀切の深さを増している。
文献にも登場しない無名の城であるが、中世山城の形を良く残している。