第57回京の冬の旅 非公開文化財特別公開で初披露と...
現在(令和5年2月23日)京の冬の旅で特別公開されていますなお3月7日〜9日は拝観停止なのでご注意を四季を通じて行われる各特別公開で、初の特別公開となるそうです撮影は山門入ったところから撮ることは出来ません庭園は枯山水で、大徳寺の法堂などが借景となっています他に見れるのは方丈の四季が描かれた襖絵、仏間の龍虎図だけです作者は原在中御朱印も書置きで、受付で頂くことが出来ます持ち物は受付のところで預かられますので、筆記具とか使用される方や、貴重品をカバンに入れられてる方は先に手元二持っておられることをお勧めしますなお、筆記具の使用は鉛筆ならOKかダメかはご確認ください京の冬の旅では、事前予約制も引き続き運用されていますが、されなかっても見ることは出来ますただ時間的に人がかち合うと、予約してるとそちらが優先になるので、直前にでもされておくとスムーズには見ることが出来るのでは思います。
第57回京の冬の旅 非公開文化財特別公開で初披露となる大徳寺内塔頭の一つである三玄院へ行きました。
茶室、襖絵など興味深い文化財があります。
私は、絵師、原在中が描いた虎の絵にひかれました。
八方睨みの構図で見る人を魅了します😊
2023年1月30日に訪れました。
京の冬の旅、初公開ということで、原在中作の春夏秋冬を織りなす襖絵、雪の残る枯山水、石田三成、森蘭丸らの武将の位牌など拝観しました。
院内はすべて写真撮影禁止なので、目に焼き付けるように見、書置きの御朱印もいただきました~
大徳寺境内にある塔頭のひとつ。
通常は非公開の寺院。
浅野幸長、石田三成、森忠政ら3武将が創建。
円山応挙に師事した絵師・原在中が描いた方丈の襖絵が有名。
特に「八方睨みの虎」はどこから見ても視線が合う様に描かれ秀逸。
大徳寺法堂や松を借景にした枯山水庭園「昨雲庭」は何時間眺めても飽きがきません。
2023年1月から3月に実施される第57回「京の冬の旅」非公開文化財特別公開で拝観できます。
これを逃すと次回はいつに拝観できるかわかりません。
「石田三成」「古田織部」の墓所と案内板に有りました。
観光に公開は、していない。
と看板が。
思わず表から手を合わせました。
古田織部は有名人なのに、あまり史跡が京都には観られません。
不思議な人だ。
「茶杓入れ」に工夫があリ実は、・・・とか。
ミステリーはロマンだ♥
臨済宗大徳寺派。
1589年に浅野幸長、石田光成、森忠政が、春屋宗園を開祖とし創建した。
ここに石田三成(1600年11月6日没)の墓がある。
彼は関ケ原合戦で西軍に敗れ伊吹山麓に逃げ、その後、慶長五年に捕らわれ京都六条河原で斬首された。
原則非公開。
大徳寺の塔頭の一つ。
戦国時代の武将石田三成や茶人としても有名な古田織部の墓がある。
当日は拝観お断りだったが、石田三成、浅野幸長、森忠政が建立し、三成や古田織部の墓がある大徳寺塔頭。
石田三成は、あの秀吉が重用した人物なのだから、近年の評価見直しはしかるべきものなのだろうし、人間関係が下手だったのも役目のうえで仕方なかったのかもと考えられ、逆に人間臭さなのかも・・・。
三玄院露地東山魁夷とはちょっと違うが。
谷崎潤一郎の作品「聞書抄」によると、「江東院正岫因公大禅定門 」との法名は三成が帰依していた大徳寺の圓鑑国師が選んだもので 、国師は石田氏滅亡の後 、深く生前の交誼を憶い 、或は一門の影塔を作り或は三成の遺骸を収めて墓碑を建立し 、常に冥福を祈っていたが 、慶長七年十月朔日 、三玄院に於いて故人の三回忌を営んだとある。
石田三成墓地。
非公開です。
外から合掌致しました(ノД`)眠っている皆様が安らかでありますように。
石田三成の墓所がありますが、一般公開していません。
三成公は、最近歴史的に見直されている武将なので、公開していただきたいです。
石田三成の墓所がありますが、一般公開していません。
三成公は、最近歴史的に見直されている武将なので、公開していただきたいです。
私が行った時は一般公開も無し。
ま、しょうがないでしょう。
いつか一般公開している時に行けたらなと思います(一般公開してるのかな?)。
石田三成墓所。
名前 |
三玄院 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
075-492-5039 |
住所 |
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評価 |
4.3 |
哀れな末期を迎えた三成の墓 法号「江東院正岫因公大禅定門」円鑑国師の撰である織豊期文武に秀でた将であった 最も好ましい人間 小早川秀秋は最も好ましくない人非人である 個人的に😆子供の頃から驟雨の日に番傘でやって来ては独り静かに佇んでいた耄碌爺の今は訪れる気力も体力も皆無😢