子供たちの遊び場でした。
花塚山古墳(瓜破城跡) / / .
霊園の中にある古墳です。
静かな場所であります。
瓜破霊園内で回りに柵と石碑が有り発見しやすい。
古墳郡の一つだが結構大きな古墳で発見しやすい。
大阪と古都奈良を結ぶ地だけあって歴史的な遺跡が多い‼️
瓜破霊園北側の出入口付近にあります。
案内板はありませんが、石碑が建っており、石碑に古墳についての、おおまかな説明があります。
古墳は円墳、フェンスに囲まれてぃます。
子供の頃の遊び場、子供の頃をおもいだす場所。
不確かですが…60年程前ここは月山と呼ばれ、子供たちの遊び場でした。
そしてここは瓜破公園と言われ、広大なろさの中に、給水塔や、川が流れ、日本庭園のようなものもありました。
春には桜がいっぱい咲き、秋には紅葉がきれいで、墓地ではありましたが、お弁当をひろげてたようでした。
子供たちは春、夏、秋、よく遊びました。
二つの月山も遊び場でした。
これが1400年も前の古墳のだったとは……
瓜破霊園内にあります。
巨大な瓜破霊園内に二つの古墳が残っている。
その一つが花塚山古墳。
1500年以上も前、この辺りたくさんの古墳があったに違いない。
長い年月は、この墳丘を削りとり今やただの小山のようになっている。
開口部も見当たらない。
あと1000年もすれば消失してしまいそうである。
その時には石組みが現れるかもしれない。
霊園の中にぽつんとある古墳はとても不思議な感じがします。
しかも、百舌鳥古墳とかとは関係がないなんて余計に興味をそそられます!
花塚山古墳は5世紀頃築造の円墳である。
直径約25メートル、高さ約2.5メートルであり、幅約5メートルの周壕があったと想定されている。
本格的な発掘調査が行われていないので、内部構造は分からないが、頂上部には木棺直葬の遺物があるものと推定されている。
「河内誌」にも記録されていて、この他、付近には多数の円墳があったことが知られている(一部の書籍によるとこの付近にあったこの円墳のことを瓜破古墳群という場合も有るらしい)。
古墳らしく、こんもりとした丘です。
ただし、立ち入ることはできません。
瓜破霊園内には、二基の古墳があるとされています。
ひとつは花塚山古墳、もうひとつがゴマ堂山古墳。
花塚山古墳には囲いがしてあり説明の石碑も建っているのですぐに分かりますが、ゴマ堂山古墳は霊園の管理事務所の人たちの誰も知りません。
ただ、これがゴマ堂山古墳ではないか?と思われる小高い塚のようなものが、霊園内にひとつだけ存在しています。
これが遠い昔の誰かの墓だったりしたら...と思うと、迂闊に立ち入ったり登らない方が...
直径約25mの円墳もしくは方墳、築造時期は5世紀頃と推定。
瓜破台地北端に位置する瓜破古墳群のひとつ。
瓜破台地は上町台地の東方にある洪積台地で南の羽曳野丘陵から続いている低台地。
「かつてはこの付近に同じような古墳が多数存在したことが、「摂津志」「河内志」等の地誌類によってうかがわれる」とのこと。
(平野区WEBページより)
名前 |
花塚山古墳(瓜破城跡) |
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ジャンル |
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住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.5 |
瓜破霊園内に現存する古墳のうちの一つ。
もう一つの古墳と異なり、こちらはフェンスで囲われていて、石碑も建てられています。
五世紀頃の円墳で、本格的な発掘が行われていない古墳だそうです。