赤穂浪士の墓で歴史を体感!
大石内蔵助良雄墓の特徴
大石内蔵助良雄が眠る大きなお墓が目を引きます。
赤穂浪士の忠義が息づく歴史的な墓地です。
浅野内匠頭の墓が隣接し意義深い場所となっています。
■大石内蔵助良雄墓東京都港区高輪にある墓石。
泉岳寺にある大石内蔵助良雄の墓。
●大石内蔵助の墓は赤穂浪士達と並びにある。
見方によっては手狭な墓地で質素な墓石だが参拝に来る者達を考えた整備がされている。
内蔵助墓は主君の浅野内匠頭の墓石の左手前辺りに位置して、墓石は護られるように祠の中に見える。
参拝者には供養料¥300と引換えるように、予め火が付けられた線香が頂ける。
内蔵助や主税の墓前には一際線香が煙るようだ。
大石内蔵助の墓は浅野内匠頭の墓の隣で四十七士の墓を見渡せる所にあります。
息子の大石主税の墓は反対側の角にあって親子で墓所全体を見渡しています。
忠臣蔵といえばこの人。
特別な感じのお墓でした。
忠臣蔵の赤穂浪士の全員や、浅野内匠頭夫婦など関係者が眠る別区画の墓地の中、浪士のお墓の中で大石内蔵助のものは浪士の中ではひときわ大きくあります。
訪問時には100本のお線香を買って全員にお供えすることもできます。
お線香会社の看板等があって何やら商業の香りも感じるのはちょっとあれですが。
こちらも有料ですがスマホで講談師による説明を聞くのもガイドなどを含めてためになりますので、じっくり時間をかけて回るのならばおすすめしたい見学方法です。
浅野家への忠節を貫いた沈着冷静な四十七士のリーダー。
享年45。
辞世は「あら楽や思ひは晴るゝ身は捨つる浮世の月にかゝる雲なし」。
歴史を感じられる墓所忠義に生き抜いた志士達の墓石が並んでいます 赤穂忠義士47名お線香200円で買えます。
しかし火がちゃんとついていないので販売しているおじさんには確り火をつけるように言いましょう😔
分かりやすく公開されていました。
大石内蔵助を始め赤穂浪士47義士の墓があります。
現在でもお参りに来る人が後を絶ちません。
大石内蔵助の墓地です。
重厚感というか、独特の雰囲気があります。
元禄15年12月14日に討ち入りを果たした赤穂義士達は4家の大名屋敷にお預けの身になりました。
大石内蔵助始め17名は細川家下屋敷、大石主税ら10名は松平家中屋敷、毛利家上屋敷に10名、三河岡崎藩芝中屋敷9名でした。
そして元禄16年2月4日、1703年に切腹しています。
墓所の前には名簿があり、お墓がそれぞれのお預け先の並び順だったとわかります。
外国の方も多いので英語版もありました。
主君浅野内匠頭長矩とその夫人瑶泉院のお墓も同じ墓所です。
線香を販売しており、満遍なく手向ける事が出来ました。
両国にある吉良邸跡とセットで訪問すると感慨深くて良いですよ。
(18/08/03)国指定史跡:浅野長矩墓および赤穂義士墓1701年(元禄14年)3月14日に江戸城中で吉良義央(上野介)に対し刃傷沙汰に及び即日切腹となった赤穂藩主浅野長矩(内匠頭)の墓及び1702年(元禄15年)12月14日江戸本所の吉良屋敷に押し入って吉良の首級を上げ翌年2月4日に切腹となった赤穂浪士の墓。
赤穂浪士、四十七士のお墓です。
日本の「義」を象徴する聖地ともいえる場所です。
山門をくぐって首洗い井戸を抜けてこの墓所に入るところで線香を販売しています。
おじさんが団扇をぱたぱたとさせて線香の束にまんべんなく火をつけてくれる様もまた一興で趣があります。
その線香の束をもって四十七士にまんべんなくお参りできるかも大事なポイントなので、ぜひ、泉岳寺に来たら線香&お参りを体験してみてくださいね。
墓所のどこが誰のお墓だという案内もちゃんとされてますので、時間がない人はそれを見つつお目当ての方のお墓に手を合わせて帰ってください。
47 Ronin Graves
名前 |
大石内蔵助良雄墓 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.4 |
小学校の時に読んだ大石内蔵助良雄の伝記に出てきた四十七士の名前が刻まれたお墓がたくさんあって館外深いものがありました。
特に大石内蔵助のお墓は際立っていました。
良い思い出になりました。